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プロサッカークラブ運営
早稲田大学社会科学部
横浜マリノス 株式会社 CMO(コーポレート・メディア・オフィサー)
根本 正人 (ねもと まさと)氏

2007年09月東進タイムズ掲載

サッカーの魅力をより多くの 人々に伝えるのが我々の使命

サッカー記者からJリーグの立ち上げに参加

 大学を卒業して最初に就職したのは、スポーツ雑誌を数多く出している出版社でした。元来サッカー好きの私は、入社1年半後に念願かなって『サッカーマガジン』を担当し、記者・編集者として国内外のサッカーに関する取材に約9年間携わりました。

 転機となったのはJリーグ発足の3年ほど前、90年頃のことです。日本にもサッカーのプロリーグができることになり「これはおもしろそうだな」と感じました。当時、約20の企業クラブがプロリーグ参加に名乗りを挙げていました。私はそのうちの一つだった本田技研工業に転職して、プロサッカークラブを作るプロジェクトに従事しました。

 その後、縁があって日産自動車に転職したんです。ちょうどプロリーグが立ち上がる1年ほど前のことでした。

クラブの名前を考えるところからのスタート

 日産入社当時は「サッカーを仕事にする以上、サッカーの醍醐味と共に生みの苦しみに立ち合って多くの経験をしたい」と考えていました。10人もいないスタッフでクラブ名を考えるところから仕事はスタートしました。観客席の種類や値段をどう設定するか、クラブのテーマカラーやキャラクターはどうするか。すべてが手探りでした。今では信じられませんが、Jリーグ発足前の日本リーグ時代、試合によっては観客が数えるほどしかいなかったこともあったんです。ようやくこぎつけたJリーグの開幕戦、対ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ1969)の試合で超満員になったスタンドを見たときには、感動して鳥肌が立ちましたね。

 また、広報の仕事をする中で自分でも驚いたことがありました。10年近くサッカーを見てきた記者の時代は、どのクラブも平等に扱わなくては仕事になりませんでしたが、自分がクラブの一員となって試合を見るようになると、試合に一喜一憂し「自分もこんなに熱くなれるのか」と新鮮な衝撃さえ覚えたんです(笑)。思い出に残る仕事はいくつもありますが、特に'95年のJリーグでの初優勝の感動や、'98年のフランスW杯にマリノスから4人の選手が選ばれたときの喜びは忘れられません。それまで日本サッカーはアジアでも勝てず、W杯に出場するなんて夢のまた夢、という時代を長年過ごしてきたのですから。

 クラブ運営の仕事は、広報やマネージャーといった仕事にスポットが当たることが多いのですが、営業や経理、運営のスタッフもクラブの大事な一員です。監督や選手たちと一丸となって、クラブのサポーターを増やすと同時に、世界で最も人気のあるサッカーというスポーツの魅力を、よりたくさんの人々に伝えるのも我々の使命だと考えています。

※文中敬称略。所属・役職等は取材当時のものです。
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