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雑誌編集者
慶應義塾大学 商学部
株式会社 朝日新聞出版 アエラ編集部 編集長
尾木 和晴 (おぎ かずはる)氏

2011年02月東進タイムズ掲載

ニュースをどう料理するか 「準備力」と「現場力」で 『AERA』にしか書けない記事を生み出し続ける

毎日が戦場! 人気雑誌を支える百戦錬磨の編集部員たち

 朝日新聞出版の週刊誌『アエラ』は、1989年の創刊以来、20年以上も発行され続けている人気雑誌である。創刊当初の「ライバルは朝日新聞です」というキャッチコピーが象徴するように、同誌は常に、ジャーナリスティックな視点から世相を照らし出してきた。「政治」「経済」「宗教」「恋愛」「若者」といった硬軟織り交ぜたテーマを、バランスよく中立的な立場で論じる姿勢が、現在も多くの読者の共感を得ている。

 だが、わずか一週間のサイクルで記事の企画から構成、取材をこなしていくことが、どれほど至難の技であるかは想像に難くない。誌面を作りあげる編集部は、毎日が戦場だ。その厳しい現場を指揮し、統括するのが同誌編集長の尾木和晴である。これまで『週刊朝日』副編集長、朝日新聞生活部次長などを歴任してきた百戦錬磨の編集者だ。

 「アエラ編集部には、現在、6名の副編集長と20名あまりの編集部員がいます。私の仕事は、毎週発売される号に責任を持ち、先々の企画や内容にまで目を配ることです」

 毎週木・金曜日が原稿の締切日となっている編集部では、つねに同時進行で複数の取材や企画が動いている。先々の号に掲載する取材テーマに着手しつつ、スクープがあればもちろん迅速に対応していかなければならない。ニュースは何より鮮度が命であるからだ。

 「企画は一カ月ぐらい先の号の分まで考えています。ですが、内容はどんどん変わっていきますね」

 編集部員が持ち寄った企画は、各班での編集会議を経たのち、尾木と副編集長とで決定する。最終的にどの企画を掲載するかのジャッジを下すのは、もちろん尾木の仕事である。その判断の基準はじつに明快だ。

 「読者にとって、切り口がおもしろいかどうか。そこだけです」

 ニュースを週刊誌で取りあげることの意義を、尾木はそう断言する。

年間二百冊を読破した驚きの小学生時代 思春期に救ってくれた言葉とは?

 尾木は、小学生の頃から本が好きな少年だった。

 きっかけは小学二年生のとき。担任教師が、生徒たちに読んだ本の冊数を競わせた。クラスメイトには、現在、最も人気のある劇団のひとつ「劇団☆新感線」の座付き作家、中島かずきがいた。尾木と中島の二人は、競って本を読み続けた。終わってみれば、小学生としては考えられないぐらいの膨大な量の本を読破していた。

 「小学三年生頃には、年間二百冊は読んでいましたね」

 尾木の家は、自営業だった。家族の間では、よくお金の話が話題にのぼった。浮き沈みの激しい商売の世界。「厳しいな」と感じた。それと同時商売以外の世界に興味が湧いてきた。「日本のことを考えたり、哲学的なことを考えたりすることを仕事にしたかった」と、尾木は振り返る。

 高校時代は批評文を好んだ。「背伸びしたがる時期だったから」と笑う尾木だが、思春期の多感な時期に「一番救われた本」を問うと、二人の文学者の名前を挙げた。小林秀雄と森有正。フランスの哲学者ベルクソンの思想に傾倒した小林の文章は難解で、テーマも文学から芸術、政治思想など多岐に渡る。一方、明治政府で初代文部大臣を務めた森有礼の孫にあたる有正は、仏文学者であり、デカルトやパスカル研究を出発点とする哲学者でもある。

 「森のエッセイの中に"体験を積み重ねると経験になる"という言葉があるんです。当時感じていた悩みや戸惑いも、積み重ねていくことで普遍的な価値になる。そんなことを、森の文章からは教わりましたね」

 高校卒業後、尾木は地元を離れ、東京の大学に進学する。新聞部での活動を通じて、「読むこと」だけではなく「書くこと」への興味も芽生えた。出版社に興味を持つようになったのも、このころのことだ。

「想像力の欠如」が生んだ失敗

 編集者として25年のキャリアを持つ尾木だが、取材で味わった苦い体験もある。

 子どもが被害者となったある事件で、その母親にインタビューした際のことである。発売された雑誌には子どもの遺影も掲載したのだが、発売後すぐに「顔写真は載せてほしくなかった」と母親から強い抗議を受けたのだ。事件発生から数年が経過していたこともあり、尾木は母親への確認を怠った。掲載に問題はないだろうという「思い込み」があったのである。

 「あのとき一言、聞いておけばよかった……」子どもを失った母親の無念や苦しみは、わずか数年で消えるものではない。そこに思い至らなかった自分の行いを「想像力以前の問題」と恥じ入った。母親から連絡を受けた尾木は、すぐさま謝罪に出向いた。取材する側が説得力を増すために掲載した内容でも、必ずしも取材される側の意に沿うとは限らない。そのことを改めて痛感した出来事だった。

 「取材で大切なことは、相手の立場になって考えるということ。失敗するときは、たいていそれができていないんです」時には、自分よりも年下の人物に感銘を受けることもある。

 昨年、大河ドラマ『龍馬伝』に主演した福山雅治を表紙に起用したときのことである。この時すでに福山は『龍馬伝』の撮影に入っており、多忙を極めていた。にもかかわらず、スタッフに対して、実にきめ細やかな心配りを見せる。写真の仕上がりも自身で入念にチェックし、カメラマンとも密に相談する。実は福山は数年前にも一度、同誌の表紙を飾ったことがある。「その時とまったく変わらない態度で撮影に臨んでくれた」と尾木は述懐する。その謙虚な姿は、幾多の著名人を目にしてきた尾木の心にも、強く残るものだった。

速報性を重視しつつ、準備に時間をかける 雑誌づくりに欠かせない二つの力

 週刊誌といえば、世の中の出来事をいち早く伝えるスピード感が重要となる。だがその一方で「準備にはしっかりと時間をかける」と、尾木はいう。

 例えば、表紙の撮影には、一カ月、場合によっては二カ月前から、被写体となる人物の選定、撮影場所や時間、コンセプトなどを決めていく。スタジオでの撮影時には、やるべき仕事はほぼ終了しているといっていい。記事を書く場合も同様で、企画をしっかりと詰め、資料を入念に読み込んで臨む。何事にも準備をいとわないことが、雑誌づくりには肝要なのだ。尾木はそれを「準備力」と呼ぶ。

 反面、実際の撮影現場や取材現場では、臨機応変に目の前の出来事に対応しなければならない場面もある。いくら入念に準備を整えても、取材当日にインタビューの相手が不機嫌な時もある。そうした時に、どう反応するか。この点が、人を相手とする仕事の難しさでもある。

 編集の仕事は、ボタンを押したら自動的に答えが返ってくるというものではない。その場の雰囲気を読む勘の良さも必要だ。それが尾木のいう「現場力」である。「準備力」と「現場力」の二つの力が噛み合って初めて、一冊の雑誌が完成するのである。

 最後に、「社会に出て、伸びる人とはどういった人か?」という問いを尾木に尋ねてみた。返ってきたのは「熱中できる人」という答えだ。

 「学生時代に、何か熱中できるものを持っていた方がいいでしょうね。それがのちのちの集中力につながってきますから。熱中してみろ、とまでは言わないけども、熱中できるものがあったら幸せなんじゃないかなと思います。もちろん、見つける努力も必要ですけどね」

 編集長としての厳しい表情の陰から、かつて読書に夢中になった少年の顔が、少しだけ垣間見えた気がした。

※文中敬称略。所属・役職等は取材当時のものです。
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