コンサルタントとして3年目を迎える山本菜月が、〝経営〝を意識し始めたのは高校生のころだった。
2001年9月、千葉県でBSE(牛海綿状脳症)の疑いのある牛が発見された。牛肉を扱う食品業、外食産業は大きな打撃を受け、山本の兄が営んでいた焼肉店も閉店を余儀なくされた。
「自分が経営のわかる人間だったら、助けてあげられたかもしれないのに」
このとき感じた悔しさが、山本を経営のプロフェッショナルへと成長させるスタート地点となった。
経営への強い想いは、一橋大学進学後、さらに形あるものへと進化していく。友人たちとともに「OVAL(オーバル)」という、学生のための国際ビジネスコンテストを立ち上げたのだ。
このコンテストは、日中韓3カ国の学生たちがチームを組み、課題に沿ったビジネスプランを泊まりがけで考え抜くというもの。ただし、当時は初めての試みということもあり、参加学生や協賛企業の募集には困難がつきまとった。
「各国の学生を集めるのには、すごく頭を使いましたね。Web上で告知するだけでなく、実際に韓国や中国の大学まで足を運んで掲示板にポスターを貼ったりもしました」
山本が担当したのは、コンテストの中でも特に重要な「課題」作りだった。「東京23区に展開する新しい都市型レクリエーション事業で、5年後に年商5億円以上に発展するビジネスを立案せよ」といったテーマだったが、もとより正解があるわけではない。ただし優劣をつけるためには、あらかじめ想定される回答パターンをいくつか考えておかなければならない。つまりコンテストの出来を左右する「審査基準」の作成に、山本は取り組んだのである。
こうして第1回のコンテストは、日中韓90名の学生たちを集めて成功に終わった。山本たちがまいた種は確実に後輩たちに受け継がれて深い根を張り、第8回目を迎える2010年は北京での開催が予定されている。
そんな学生時代に気づいたことがある。チームワークの大切さと、チームの中で発揮できる自身の能力である。それを山本は「人を巻き込む力」と呼ぶ。
「自分自身の力は限られています。けれども、チームの中でいろいろな人の手を借りながら、自分の力を大きくしていくことはできる」
図らずもそれは、チームプレイを重視する経営コンサルタントという仕事に必須なスキルでもあった。
山本が初めて携わった仕事は、ある保険会社のプロジェクトだった。大企業では複数の事業を展開しているところが少なくない。そのなかで経営者は、継続的に収益を見込める事業なのか、あるいは収益の見込みが少ない事業なのかを見極める必要がある。このプロジェクトの目的は、それを分析して会社の「ヒト」「モノ」「カネ」を、どの領域に注力すべきかを明らかにすることだった。
山本が担当したのは、各事業部の収益性を数字として割り出すことだった。その作業の元となるデータは、総務、人事、経理などの各部署の人間にインタビューすることで聞き出していかなければならない。入社早々の新人が、社歴10年、20年のベテラン社員と対峙する。当然、わからないことだらけだ。
もちろん、インタビュー中にわからないことが出てくれば、その場で詳しく聞きただす。専門用語はメモをしておき、インタビュー後にすぐ調べた。
「入社1年目だろうと、10年目だろうと、お客様にとって〝コンサルタント〝は〝コンサルタント〝。わからないから教えてください、では仕事になりません」
山本は、1日でも早く自らの戦力を強化するために、必死で勉強した。関連書籍を10冊ほど買い込んで頭に叩き込み、ときには保険業界で働く知人に教えを請うたこともある。そうして自分から積極的に努力を積み重ねていくうちに、ある変化が起きた。
「インタビューの相手が他の部署の話をしてくれたり、表面的なことではなく、さらに深い内容の話を聞かせてくださったりするようになったんです」
一方、初めは戸惑っていたクライアント(顧客)である保険会社の社員たちも、山本たちに信頼を寄せるようになっていった。プロジェクトの作業に必要なデータの分析のために、ときには夜通しコンピュータを稼動させることもあった。そんな山本たちの姿を目の当たりにしていたからか、彼らも協力を惜しまないようになったのである。それどころが、プロジェクトが円滑に進められるように進んで自分たちの部署以外の人間をも説得してくれるようになった。
「私たちがお願いしていることは、私たちのためではなく、皆さんの会社のためのものです。そのことを理解していただけたんだと思います」
山本はそう述懐する。
これまで携わってきたプロジェクトの中で、山本の心に最も残っているのは「デューディリジェンス」と呼ばれる調査に参加したときのことだ。「デューディリジェンス」とは、企業買収の際などに、対象企業の資産価値を総合的に調査することである。
ここで山本が任されたのは、数千人規模を対象にした消費者アンケートの設計・調査・分析だった。これまで手掛けてきた仕事より、大掛かりで責任も重い。なぜならアンケート調査の結果が、買収先企業の将来の売上高を予測する重要な指針となるからだ。つまり、的を外した質問を作ってしまうと、導き出す数字が、実態からかけ離れてしまうこともあり得るのである。
「このときは一カ月という短いプロジェクトでしたから、当然アンケートは短時間で設計しなくてはなりません。しかも、万が一思うようなデータが取れなくても、やり直しをする時間なんてなかったんです」
アンケート設計に費やせる時間は、わずか一週間。持てる知識を総動員し、「これで間違いない」と自信を持ってアンケート項目を作り上げた。しかし、「再考せよ」と上司にすげなく突き返される。もう一度組み立て直して再提出するも、YESの返事は得られない。これを3度繰り返し、ようやくOKの返事をもらえて実施に至ったアンケートは、説得力のあるデータを導き出す最高の資料になった。
さらに山本にとって嬉しいことがあった。結果に満足したクライアントが、山本にさらなる分析の依頼を申し込んできたのである。
「私のやったことには、価値があった」――自身の成長を、山本が実感した瞬間だった。
こうして、コンサルタントとしてのキャリアを着実に積んでいる山本だが、今でも毎日のように壁を感じているという。
「でも、決して投げ出したいとは思いません。逆に、新しい目標ができるということは、成長できるチャンスだということ。それが嬉しいんです」
山本にとって、壁は突き当たるものではなく越えていくものだった。一体、その原動力はどこにあるのだろうか?
「企業の方々が〝ありがとう〝と言ってくださる姿を思い浮かべることです。また、チームメンバーの方にいつもサポートしていただいているので、期待に応えるためにも頑張らなければいけないと感じています」
そんな山本が、後輩たちに送るエールは「夢を持つこと」である。
「私はもともと勉強ができる学生ではなく、中学高校時代も学校では成績はよくありませんでした。ただ、高校生のときに経営を一生学んでいきたいと心に決めてから、勉強へのモチベーションが上がり、結果として自分の行きたい大学に行くこともできました。高校生のときのその気持ちが、今まで私の人生を動かしてきたのだと思っています」
鋭い視点と隙のない分析力で企業のベテラン社員と渡り合う頼もしいコンサルタントが、柔らかい笑顔になった。