「言葉だけのおもしろさに囚われるな」
コピーライターになって2年目を迎える阿部広太郎は、自分の提出したコピーの未熟さを痛感するたび、福井からのこんなアドバイスを思い出す。
自分の考えた言葉が消費者の目にどのように映るのか。あるいは、どのような役割を果たすのか。クライアントや消費者、さらには社会にまで視野を広げて、その中で自分のコピーがどう役に立てるのかを考える必要があるのだ。
「考えの浅いものを提出すると、すぐに福井には見抜かれてしまうんです。まだまだ自分の中で、見る目が培われていないんですよね」
新卒で入社した阿部が最初に配属されたのは人事局だった。コピーライター志望というわけではなかったものの、漠然と営業職をイメージしていただけに戸惑いを隠せなかった。しかし、人事局での仕事を通じて、阿部はコピーライターという仕事に興味を持つようになる。きっかけは、大学生向けのインターンシップを担当したことだった。
「講師の方々が、学生たちにコピーの考え方を教えているのを見ていて、すごくおもしろそうだなと思ったんです」
学生たちに「ジェラシー」を感じたという阿部は、すぐさま2万円もする『コピー年鑑』を購入する。同書は、過去一年間に話題となった広告を一望できる、まさに広告の集大成ともいえる一冊である。阿部はその本を片手に、クリエーティブ部門への異動のチャンスとなる社内試験へ向けての勉強を始める。
そして入社2年目。4時間にも及ぶ厳しい試験を突破して、阿部はコピーライターとしての道を歩み始める。異動して最初の一年間は、先輩社員のもとでコピーライティングの何たるかを徹底的に仕込まれた。ひとつの案件に対して100も200もコピーを考えては、突き返される毎日だった。
そんな日々は、3年目を迎えた今も変わらない。阿部が仕事で心がけているのは「どんなにくだらないことでも、思いついたことはどんどんノートに書いていく」ことだ。それを自分なりに整理して福井たち先輩社員にチェックしてもらうという流れが、自分を成長させる重要な糧となっているのである。
現在、福井とともに東進のCMも手掛けており、とりわけ「生徒への檄文」篇の制作が心に残っているという。英語の安河内哲也先生や、数学の長岡恭史先生ら東進の名物講師が次々に登場するこのCMは、実際の講義の中から抜き出された映像を使用している。講師陣の発する印象的なフレーズは、撮影用に用意されたものではないのだ。
「あのCMでは、講義の様子を収めたDVDを1本ずつ、全部で60.70本ほど観たんです。その中から、一人の先生あたり15個ぐらいのシーンを抜き出していきました。肉体的には大変でしたけど、できあがったものを素晴らしいと言ってもらえたので、達成感がありましたね」
一人前になるべく日々奮闘する阿部に、コピーライターに求められる力とは何かを聞いてみた。返ってきた答えは「粘り強さ」。
「これぐらいでいいかなと安易に妥協してしまうと、それ以上、成長することはありません。そこからどこまで粘ることができるかが、今の自分の課題だと思っています。粘り強く考え続けていると、打ち合わせのぎりぎりになって、いいアイデアが浮かぶことがあるんです」さらに続けて阿部は「当たり前だと思われていることを疑ってみること」とつけ加えた。
「この点は、まだなかなかできないんですけれど……。もどかしいですが、日々意識しながら頑張っています」若きコピーライターは、そう言って少しはにかんでみせた。
(文中敬称略)