全国172の大学情報を掲載!志望校選びに役立つ情報・卒業生や現役大学生の“ナマの声”満載!

研究者
慶應義塾大学 工学部(現・理工学部)
慶應義塾大学 理工学部 教授
小池 康博 (こいけ やすひろ)氏

2011年04月東進タイムズ掲載

世界最速技術で目指すものは 人と人とが結ばれる温もりある社会

毎秒40ギガビットの高速光通信を可能に! 驚きの光ポリマー技術とは?

2010年10月、一枚の写真が新聞紙面に掲載された。日経新聞の見出しには〈巨大TVで高精細3D 慶大が実演〉とある。写真中央には毛利衛・宇宙飛行士の姿。彼は笑顔で壇上のスーツ姿の男性と握手を交わしている。その人物こそが、慶應義塾大学理工学部教授の小池康博である。あたかも二人は、同じ場所に立っているかのように見えるが、実は毛利・宇宙飛行士は会場から遠く離れた場所にいる。彼の姿は、150インチの巨大モニターに映し出された映像なのだ。

「圧倒的な大画面と高画質、情報量と速度が揃えば、バーチャルなんだけれども、その中に入れるかのようなリアリティが生まれます。私が目指しているのは"どこでも窓"。それを利用してフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを実現することです」

実演に使われた巨大モニターには、小池が開発した高性能プラスチック素材が使用された。これは従来の素材のおよそ2倍の明るさを放ち、かつ、ハイビジョンテレビの4倍の高精細な画像を映し出すことができる。さらに、両名のいる二つの地点は、小池が生み出した「プラスチック光ファイバー」で結ばれた。こちらは毎秒40ギガビットという驚くべき速度での通信を可能にしたものだ。それだけに、小池の開発した技術は現在、産業界から熱い期待が寄せられている。

「光ファイバー」と聞くと、ITなどの情報テクノロジーを連想するかもしれないが、小池が取り組んでいるのは、光の特性を十二分に引き出し、制御することを可能とするプラスチック素材の研究である。光ファイバーはもちろんのこと、ノートパソコンの液晶画面のバックライト、あるいは遠隔医療への活用など、その用途は実に幅広い。

立ちはだかる6メートルの壁 苦難を極めたプラスチック光ファイバー研究

実はプラスチック光ファイバーの研究の歴史は古く、1960年代にまで遡る。しかし、プラスチックの場合、光が引き起こす屈折や散乱といった現象を制御することが難しく、実用化は困難といわれてきた。一方で、ガラス製の光ファイバーによる高速通信が可能となったこともあり、 プラスチック光ファイバーの研究は、長く不遇の時代を迎えることとなる。21歳のときにプラスチック光ファイバーに魅了された小池もまた、14年もの苦難の道のりを歩んできた。

「私が研究を始めた頃は、プラスチック光ファイバーの中を光が6メートルしか通らなかったんです。それが6年間続きました」

来る日も来る日も実験を重ねるが、思うように成果のでない日々。そんなとき、米ロチェスター大学のダンカン・ムーア教授から「レンズの研究をしないか」という誘いが、小池のもとに舞い込む。同教授はその数年後、ホワイトハウスに招聘され、ゴア副大統領(当時)のもとで「情報スーパーハイウェイ構想」の素案を作りあげる人物である。ロチェスター大学は、近隣にコダックやゼロックス、ポラロイド社といった光学機器メーカーが建ち並ぶ"光のメッカ"。光学研究者にとっての聖地だ。

「そろそろ潮時かもしれない……」

一向に成果をつかむことのできない小池の心は、教授の誘いに揺れた。大学にはすでに自分の居場所もない。だが同時に渡米は、プラスチック光ファイバーの研究を断念するということでもあった。悩んだ末に小池は、教授の誘いに応じる決意をする。

しかし渡米直前になって、小池の心には自身の研究への強い思いが湧きあがってくる。そして遂に小池は、日本に留まることを選んだ。

光とは何か? 基本を掘り下げることで出会った意外な人物

研究の継続という道を選択したものの、先が見えないことに変わりはなかった。数年間は、大学で助手を務めながら一人で研究を続ける毎日。試作するファイバーは透明性が悪く、数メートルしか光が進まない。

「なぜ透明にならないのか?」

孤独な作業の中で、さまざまな文献も読み込んだ。「そもそも光とは何か?」というところまで深く掘り下げるため、古典と考えられている論文にも手を伸ばした。そんななかで出会ったのが、アインシュタインの論文である。1910年に書かれた「揺動説理論」に記された公式に、小池は自身の実験素材の値を挿入してみた。すると驚くべきことに、理論上は1キロメートル以上の伝送が可能であるという結果が出たのだ。

「当時の私にとって、まさに未来への光でした」

さらに小池は、ドイツの物理学者ピーター・デバイの1949年の論文からも多くのヒントを得る。小池はこの二人の論文を、自身の「バイブル」と語るほどに徹底的に読み尽くした。真理は最新の論文にではなく、なんと古典の中にあったのである。

そして1990年4月、ついに小池のプラスチック光ファイバーは、一気に100メートル先まで光を届けることに成功する。4年後にはギガビットを超える光信号を通すことにも成功。実験結果は、新聞の一面トップを飾った。

「最先端の壁を突き抜けるには、基本原理に戻ることが大切なんです。30年にわたる研究を通して、身をもって感じたことですね」

重要プロジェクトで大学院生を抜擢 その真意とは?

「基本原理に戻る」というメッセージは、小池が折に触れて学生たちに説いていることでもある。

3年前、大手化学メーカーと共同で、新たなプラスチック光ファイバー素材の開発に着手したときのことだ。本格的な普及に向けての重要なプロジェクト。その開発チームの一員に、小池はひとりの大学院生を抜擢する。

そしていよいよ生産段階へと達したとき、問題が浮上した。設備の熱によって、プラスチックに気泡ができてしまったのだ。有効な解決策は、熱に強く、かつ、高速通信が可能な光ファイバーを作ることである。けっして簡単なことではない。議論の末、小池は大学院生の意見を取り入れる。疑義を呈する部分もあったが、何より彼の熱意を信じたのだ。

一カ月後、大学院生が持ってきたデータを見て、小池は驚いた。予想以上に、プラスチックの耐熱性が高まっていたのだ。だが反面、ファイバーは白く濁ってしまっていた。白濁したままでは、肝心の光が通らない。だがそれは、実験室内で作ったことに由来するもので、最新の化学メーカーの設備であれば解決できる問題だと彼は主張した。しかし小池は首を縦に振らなかった。

「もう一度、基本に戻ろう」

小池はそう言って、プラスチックの作り直しを指示した。長くファイバーの透明性を追究してきた小池だけに、その手強さも熟知していた。それと同時に、学生たちには「けっしてブラックボックスを残さない」という科学者の矜恃を示したかったのだ。

彼らと小池が一体となって取り組んだ新素材の光ファイバーは、それから2年後の昨年11月に製品化された。今後、医療や教育・福祉施設、自動車、鉄道、航空機、IT機器など、さまざまなシーンでの活用が期待されている。

「困難に直面したときこそ、イノベーションの手前にいると思ったほうがいい。結果が出ないときのほうが、人間は実は成長してるんです」

14年間、たったひとりで一筋の光を追い続けた科学者は、最後にそう言い切った。

※文中敬称略。所属・役職等は取材当時のものです。
慶應義塾大学に関連した職業はこちら!
慶應義塾大学 法学部 政治学科 卒業
新聞業界 デジタル事業
渡辺 雄一郎 氏
慶應義塾大学 商学部 卒業
雑誌編集者
尾木 和晴 氏
慶應義塾大学 環境情報学部 卒業
スポーツエージェント
立田 一平 氏
慶應義塾大学経済学部 卒業
銀行 国際部門
川瀬 伸廣 氏
慶應義塾大学 経済学部 卒業
コピーライター
阿部 広太郎 氏
慶應義塾大学法学部法律学科 卒業
弁護士
川井 慎司 氏

	
自動車・機械・開発に関連した職業はこちら!
日本大学 理工学部 卒業
パッケージ開発
大塚 浩之 氏
千葉大学大学院 自然科学研究科修了 卒業
自動車
大杉 優幸 氏
上智大学 外国語学部 フランス語学科 卒業
自動車
小林 実帆子 氏
法政大学 工学部 建築学科 卒業
意匠建築士
永廣 正邦 氏
日本大学 理工学部 卒業
印刷会社 エレクトロニクス製品開発者
原口 崇 氏
日本大学 理工学部 建築学科 卒業
意匠建築士
外山 博文 氏