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研究者
東京大学 理学部
分子科学研究所 物質分子科学研究領域 電子構造研究部門 准教授
唯 美津木 (ただ みつき)氏

2011年06月東進タイムズ掲載

1秒の10万分の1で変化する触媒の動きを追う! 明日の医療・生活を変える、新しい触媒の開発研究

プラスチックや医薬品の合成に欠かせない「触媒」 私たちの生活に欠かせない影の主役の働きとは!?

触媒とは、自分自体は変化せず、ある物質が化学的に変化するのを仲介する物質である。物質Aと物質Bが化学反応を起こして物質Cに変わるとき、その仲介役となる物質を触媒という。例えば、水素と酸素を混ぜても室温では簡単には反応が起こらず水は生まれないが、白金を少量加えると容易に水が生まれる。触媒の一種である白金には水素を酸素と反応しやすい形に変える働きがあり、このようにある物質同士が化学反応を起こす仲介役となる白金のような物質を触媒という。

その研究の歴史は古く、1900年代初頭にはアンモニア合成法のひとつ「ハーバー・ボッシュ法」が確立されている。1918年にノーベル化学賞を受賞したこの「ハーバー・ボッシュ法」とは、鉄を主成分とした触媒を使って、窒素と水素を反応させてアンモニアを作り出す製法だ。空気に含まれる窒素から、肥料となるアンモニアを大量に作り出すことができた結果、作物の収穫量が増加し世界の人口増加につながったのだ。

近年においてさまざまな物質の原料となる石油化合物の合成はもちろん、薬やプラスチックなどの合成にも、触媒は欠かすことができない。その触媒の数は何万種類にも及び、現在でも次々と新しい触媒が発見され、私たちの生活をより暮らしやすいものにする製品が誕生している。

「触媒は形を変えないものと言われていますが、ミクロの視点で見ると、実は触媒となる物質は化学反応とともにいろいろな動きをしながら働いています。触媒である分子は、化学反応が起こる際に一度構造が変化しますが、驚くことに、化学反応の仲介役を終えると、元の構造に戻ります。ですから、反応の最初と最後だけを見ると、一見触媒自身は変化していなかったように見えるわけです」

「私の研究は、高分子が本来持っている性質や機能を発現させるために、高分子の物性を構造に基づいて解明する基礎研究です。高分子がどのようなものかを知るために、液晶※の場を利用して、高分子のふるまいを観察しています。」

そう語るのは、分子科学研究所 物質分子科学研究領域 電子構造研究部門 准教授の唯美津木だ。

さまざまな工業プロセスに触媒が使われており、よりよいプロセスを実現するために、少しでもよい性能を示す新しい触媒の開発が研究されている。しかし、触媒反応が起こる際に触媒自身の構造がどのように変化し、働いているのかという本質的な理解は、いまだにほとんどなされていないという。

なぜなら、反応する分子や触媒自身は肉眼で見ることができないほど小さいものである上、触媒は1秒の10万分の一という極めて短い時間スケールで、さまざまに形を変えるため、その様子を詳細に捉える精度の高い実験方法が整っていなかったのだ。現在では、兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8」という極めて強い光を使える最先端の研究施設を使って、最先端の測定方法が発達し、1秒の10万分の一の分子の動きをこと細かく観察できるようになった。ただし、それでもミクロの分子の動きを捉えることはたやすいことではない。唯の目指すものは、さまざまな最先端の測定方法を組み合わせながら、優れた触媒の働きを分子レベルで掴むことである。

酸素を使う触媒になりにくい金属「レニウム」 ほんの小さな可能性に賭け「レニウム」を触媒に

これまで唯が手掛けてきた研究のなかで、とりわけ目を引くのが、ベンゼンからフェノールを生み出す触媒の探求だ。フェノールはプラスチックの原料のひとつで、断熱材などに使われる化合物に変換されることから、私たちの生活に大きく関係している。

唯が所属していた研究室では、当時、さまざまな触媒の開発を行っていたが、特に「レニウム」という金属に着目して、酸素を使った反応の新しい触媒を探していた。触媒反応は一般に高い温度で行われるが、レニウムを高い温度で酸素と混ぜると、レニウムはすぐに酸化されて昇華しやすい物質に変化してしまう。このため、酸素を使った反応の触媒にはなれないといわれていた。

そこで研究グループが考えたのは「レニウムが昇華しない条件を見つければ、まだ誰もやっていないような新しい酸化反応が見つかるのではないか?」という逆転の発想だった。そうした試行錯誤の中から出てきた反応のひとつが、ベンゼンからフェノールを直接合成する触媒反応だった。

さまざまな試みがなされたが、当初、その反応活性は微々たるものでしかなかった。その後も、研究室内ではさまざまな試行錯誤がなされて多くの触媒が調製されたが、思うような成果は出ないままだった。唯は、触媒となるレニウムの構造を分子レベルで捉えることが、触媒改良につながると考え、触媒となるレニウムの構造を最先端の測定法を使って明らかにすることに挑んだ。

「確かに初めの段階では、わずかな活性しかありませんでした。触媒としては殆ど性能がないレベルの値でしたが、フェノールの合成反応は多くの化学者が挑んでなかなか実現できない夢の反応でした。だから、もう少し頑張ってみたら道が開けるかもしれないと、みんなで相談していろいろな検討がされました」当時、研究室ではたくさんの触媒の候補が作られていましたが、それぞれ違いはあるもののどれをとってもあまり活性が高くなかった。でも、わずかながら差はあったので、その活性の差が何によるものかを理解してどういう構造が活性かがわかれば、より活性な触媒を作る手助けになるのではないか。そう考えたのだ。

どのようなレニウムの構造が活性なのか。それがどのような条件で作られるのか。それは、分子のレベルの触媒の構造を捉え、10マイクロ秒(10万分の1秒)という、とてつもなく短い時間のスケールで起こる反応を捉えないとならない世界である。地道な実験や測定の繰り返しの末、唯がつかんだのは、フェノール合成に活性なレニウム触媒の構造であり、触媒のダイナミックな動きであった。この唯の成果によって、ベンゼンからフェノールを合成するための触媒開発は、次のステージに進むこととなる。

実験の成功率はわずか1割研究者が持つ失敗を生かす発想力

唯は、子どもの頃から化学に興味を持っていた。「目で見て、変化がわかる」化学の実験はとても魅力的に思えた。「触媒」に興味を覚えたのは高校生の頃。いろいろなものを作り出すのに、自身は変化しないという触媒の不思議な性質に興味を持ち、大学に入ったら触媒を作ってみたいとそう思った。東大の化学科に進学したのも、極めて自然な成り行きといえるが、化学はさまざまな物質と密接に関係していて「自分の携わる研究が、社会にどうつながっていくのかイメージしやすかった」ということも一因にある。私たちの身の周りにある物質は、みな化学反応によって作られ、私たちの生活はいまや化学と切り離せられない。

東大では、とりわけ三年次からは実験に明け暮れる毎日だった。化学科では、3年生は毎日午後は化学実験の履修が義務となる。物理化学、無機化学、有機化学と、あらゆる分野の実験方法を徹底的に叩き込まれたが、毎日最先端の研究の現場に立つ助手の先生や先輩たちと交流することができ、彼らの経験と知識を吸収するいい機会であった。

研究室に入ってからは、さらに厳しい指導が待っていた。研究室に入って最初に先生から言われたことは、「誰かがやったことはやらなくてよい。誰もやったことのない研究にトライしなさい」。唯は、金属錯体といわれる物質を使って新しい触媒を作ることにチャレンジする。

もちろん、苦労の数、失敗の数も半端ではない。「成功するのは1割程度」と笑う唯だが、逆に、9割の失敗をどう活かすかが研究者として必要な資質だと唯は言う。「研究というのは、あらかじめ答えがわかっているものではありません。私たち研究者は、成功したという結果だけから成果をつかむわけではありません。むしろ、いろんな失敗をした中に、おもしろい研究の発展の芽が隠されていないか、毎日一所懸命観察して、考えて、話し合って次にどう進むかを見つけて行くのです」

自分の研究分野だけを学んでいても、視野が狭くなってしまう。自分では新しい、とても面白いと思っていることが、ちょっと分野が変わると当たり前のことであったりする。常に、自分とは異なる分野の幅広い知見を得ることを心掛けないといけない。だから唯は、化学だけでなく畑違いの物理学会などにも時折顔を出し、多くの人たちの価値観を学ぶ機会を積極的に作るように心がけている。

クリーンエネルギー燃料電池・薬原料の効率的合成 未来の生活を豊かにする触媒の基礎研究の醍醐味とは?

そんな唯が現在取り組んでいるのは、燃料電池の触媒研究だ。次世代のエネルギー源として注目されている燃料電池だが、実用化に向けての課題は多い。触媒として使用される白金は、コストが高いうえに、燃料電池として使用していると劣化が起こり使えなくなってしまう。ほかの金属はもっと劣化が激しく使えない。高価な白金の触媒をすぐに取り換えなければならないのでは、コスト的な面からも実用化が困難である。そこで、触媒が壊れていく仕組みや要因、さらには、どうしたら高い活性を示す触媒ができるのかといった基礎的な知見を、最先端の放射光を用いた実験を通して研究しているのだ。

燃料電池の使用時に白金の触媒が溶け出ていく様子、どのような負荷がかかると触媒が壊れていくかがわかれば、触媒の劣化を防ぐための要因がわかる。将来は、今の白金触媒を超える新しい燃料電池触媒が開発できると素晴らしい。

基礎研究の場合、すぐに製品化につながるような応用研究と違って、その研究成果が私たちの目に触れるようになるまでには、かなりの長い時間を必要とする。会社では、会社の利益につながる応用研究が主体であるが、大学はさまざまな分野に貢献できる基礎研究も重要である。自分たちのやっている研究が将来、少しでも社会の役に立てればよいという。

そんな大学の研究は、唯は「研究の種をまくこと」だという。

基礎研究の現場は、今、実験していることが明日にも商品化されて売れるというものでは、けっしてない。次の発展につながる種をまき、芽を見つけること。「すぐに社会に還元されるわけではありませんが、誰も知らないことや新しいことが見つかる知的な喜びが、毎日の研究の中にはあります。私はやはり研究者で良かったなと思いますね」

好奇心に満ち溢れた笑顔で、唯はそう答えた。

※文中敬称略。所属・役職等は取材当時のものです。
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