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編成部記者
一橋大学 社会学部
読売新聞東京本社 編集局編成部 次長
菅谷 一弘 (すがや かずひろ)氏

2012年05月東進タイムズ掲載

“読者にとって何が重要か” ニュースを選び、料理し、提供する編成の仕事

編成の仕事は「ニュースの料理人」!

 普段、私たちが当たり前のように手に取る新聞。新鮮なニュースを毎日届けてくれる重要な情報源だが、制作の現場は常に時間との闘いであることをご存知だろうか。

 「新聞づくりでは、締め切り時間まで内容が更新され続けています。絶えず新しいニュースが飛び込んで来ますから、時間が遅くなる度に紙面が生まれ変わっているわけです。朝刊の場合、最終版の締め切りを迎える夜中の1時頃になると、現場はもう修羅場です」

 そう語るのは、読売新聞東京本社編集局編成部デスクの菅谷一弘である。菅谷は、新聞の顔である一面や注目度の高い面を担当する編成部のエキスパートだ。編成の仕事でまずやるべきことは、ニュースの価値判断をすることだと菅谷は言う。各取材部の記者たちは、当然、自らの手掛けた記事が重要だと考えて原稿を提出する。しかし紙面に掲載できる記事の数には限りがあるため、その取捨選択には大きな責任が伴う。ベテランの菅谷でさえ「日々、心して行わなければならない」という緊張感を持って臨む作業となる。

 紙面に掲載するニュースを選んだ上で、写真や記事をどのような大きさでどこに配置するかを決める。そして、記事に「見出し」をつけるのも編成の大事な仕事だ。こうしたさまざまな工夫が施されることによって、紙面を開いた瞬間に、ニュースの重要度が一目でわかるようになるのだ。編成の仕事が、しばしば「ニュースの料理人」と喩えられるゆえんだ。「新鮮な素材も、そのままお客さんに出すことはありません。味つけをして料理にぴったりの皿に盛って出すことで、素材以上のおいしさが生まれます」

差出人はライバル社!? 新米時代に届いた衝撃の手紙

 今ではデスクを任されている菅谷だが、入社したての頃には、編成の仕事のプレッシャーに押し潰されそうになる毎日を過ごした。緊張のあまりレイアウトも見出しも、まるで決まらない。「先輩からは、今まで新聞が白紙で出たことはないんだから大丈夫と励まされました。ですが、それじゃあ自分が白紙第一号になっちゃうじゃないかって、逆に焦りましたね(笑)」

 それでも入社二年目の頃、菅谷を勇気づけてくれる出来事があった。当時担当していたのは社会面。ある日、菅谷のもとに一通の手紙が届く。差出人は、なんとライバル新聞社のある部長から。それだけでも信じがたいことだが、文面を見て、さらに菅谷は驚いた。「私の手掛けた紙面を見て、〝感動しました"と書いてくれていました」

 その記事は、トウショウボーイという競走馬の死を伝えるものだった。1970年代に活躍したサラブレッドで、その圧倒的な強さから「天馬」と称された馬だ。菅谷はその強さを紙面で表現するには、どうすればよいか考えた。用いた写真は、トウショウボーイが後続の馬を何馬身も離して、トップを快走する姿。だがその写真をそのまま用いても、馬の姿が小さくなってしまう。それではトウショウボーイの強さが読者に伝わらない。そこで菅谷は、その写真の上下をカットした。つまり横長に加工した上で、紙面を横断するような形で写真を大きく配したのである。「手紙では、『私が編成記者をしていたときは、こんな大胆なレイアウトは思いつきませんでした。新聞にはまだまだいろいろな可能性があることを感じました』とも仰っていただき、すごく嬉しかった」

締め切りまで15秒! ギリギリで生み出した「技あり」の見出し

 確かに編成の仕事は、毎日が時間との闘いとなる過酷な現場だ。残り数分以内に見出しを思いつかなければ、印刷が始まってしまうという事態も多々ある。だが、粘りに粘って考え出した見出しが評価されたときには、何ものにも代えがたい喜びがある。

 とりわけ菅谷の心に残っているのは、2004年のアテネ五輪・女子柔道の記事だ。女子48キロ級の決勝戦。「ヤワラちゃん」の愛称で親しまれていた谷亮子選手にとっては、五輪二連覇のかかった大一番だった。

 菅谷たちもまた、固唾を呑んで試合を見守っていた。アテネとの時差は約6時間。試合終了と同時に見出しをつけてレイアウトを決めなければ、印刷に間に合わない。しかも、勝敗によって記事の内容も大きく変わってきてしまう。

 ところが、試合終了間際になっても見出しのアイデアが浮かばない。そこで菅谷は、谷選手の気持ちになって考えてみることにした。当時、谷選手は怪我を乗り越えての出場だった。そんな彼女の人生を思ったときに、菅谷の頭に浮かんだのが「山あり谷あり」という言葉である。だが「山あり」では普通すぎる。では「技あり」に変えて、「技あり谷あり」ではどうだろう? 「ただし、技ありで勝ってもらわないと、この見出しは使えません。ですから残り15秒で技ありが決まったときは、〝しめた!.と思いましたね」翌朝のスポーツ面には、菅谷の考えた「技あり谷あり」の文字が大きく躍った。まさに「技あり」の見出しだった。

涙をためながら取り組んだ震災記事の見出し

 もちろん、新聞の役割は楽しいニュースばかりを報じるものではない。とりわけ、昨年3月に起きた東日本大震災は、菅谷にも大きなショックを与えた。「原稿を読んでいると、自然と涙が溢れてくるんです。目に涙をためながら見出しを考えるという日々が、震災から何カ月間も続きました」

 このとき、菅谷が改めて実感したことがある。「被災者の思い、取材した記者の思いをきちんと読者に伝えたい。その一心でした。ですから当時の見出しの言葉は、いつも以上に考え抜いて、悩みに悩んでつけました」

 震災からちょうど一年となる紙面にも、菅谷のつけた見出しが掲載された。震災で家族も店舗も失くした花屋さんが、店を再開したという話題だ。

 その花屋さんは、再建を断念していた。だが震災から一年を前に、仏前に手向ける花が欲しいという多くの声が届く。そこでもう一度、被災地で店を開くことを決意したのである。菅谷がつけた見出しは「涙の街に花束を」。震災から一年を経てなお癒えぬ被災者の心情と、復興への希望とが凝縮された見出しだ。編成の仕事は「一番初めに、読者の立場で記事を読む仕事」だと、菅谷は言う。「新聞は読者あってのもの。記事を掲載するかどうかの最終的な判断基準は、読者にとって大事な情報であるかどうかです」。世界中の数多の人たちの思いを読者に伝えるべく、菅谷は今日も紙面づくりに邁進している。

※文中敬称略。所属・役職等は取材当時のものです。

	
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