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競泳強化コーチ
国士舘大学政経学部
イトマン スイミング スクール 上小阪校 強化コーチ
道浦 健寿 (みちうら たけとし)氏

2008年05月東進タイムズ掲載

テクニックの向上や記録更新だけでなく、 人間的成長のためのコーチングを目指す

日本の選手育成環境はほぼ世界水準

競泳は、100分の1秒を競う世界。私たちコーチの仕事は選手が最大限の能力を発揮できるように指導・サポートすることです。私が所属している上小阪校は全国50校に上るイトマンスイミングスクール(以下イトマンSS)の成績優秀者を集めた、強化トレーニング校です。老舗スイミングスクールであるイトマンSSにはこれまでに数多くのオリンピック代表選手を輩出してきた歴史があります。現在私が担当している10名の選手の中には、第28回アテネ大会の200mバタフライで銀メダルを獲得した山本貴司選手や、今年の1月に200m背泳ぎで日本新記録を樹立した入江陵介選手がいます。指導やサポートをするといっても、トップスイマーというのは自分の弱点やコンディションを自分でよくわかっていますから、練習や日常生活において何かを強制することはほとんどありません。私の役割は、彼らが気持ちよく練習できる環境を整備すること。トレーニングは前もって決めたメニューをそのまま実践するのではなく、選手とコミュニケーションを図りながらその時々のコンディションに適した方法を選択するようにしています。また、スポーツの世界において、運動生理学に基づいた科学的サポートは今や常識です。例えば最近の日本競泳選手の活躍には目覚ましいものがありますが、だからといって選手の練習量がやみくもに増えている訳ではありません。競泳の練習は生理学上、長時間の水中練習を課すことは好ましくないため、早朝と午後に約2時間ずつ泳ぎます。その限られた時間で最大限効果の得られるトレーニング内容を科学的に追究していったことが、日本の競泳選手が強くなった一番の理由なのです。スポーツ医学の発達や、長年にわたるノウハウの蓄積により、選手を育成する環境が世界のトップレベルになったということだと思います。

入江選手との出会いと葛藤

入江陵介選手の担当コーチに任命されたのは、彼が15歳のときでした。その天才スイマーぶりは、ジュニア時代からイトマンSS内では周知の事実であり、「ついにこの日が来たか」と神妙な気持ちになったものです。嬉しさよりは責務の大きさのほうが遥かに上回り、任命されてから最初の20日間は、指導に入らず彼の泳ぎをただただ観察して過ごしました。この素晴らしい選手の才能を、いかに伸ばしていくか。その未来を自分の手に託されたのですから、十分な準備もしないまま安易に指導に入ることがためらわれたのです。一流スイマーの条件は礼儀正しさや素直さなどのほかに、「泳ぎの顔がきれい」という点が挙げられます。ここでいう顔と言うのは、フォームを含め、体全体を指します。世界トップレベルの選手のフォームは、体に余計な力がいっさい入っておらず、実に美しくスムーズです。そう言えば額にペットボトルを乗せて泳げることから、一部のマスコミでは入江選手を「バランス王子」と呼んでいると聞きました(笑)。これは、彼の「泳ぎの顔」がいかにきれいかを物語る、典型的なエピソードだと思います。15才の入江選手はそのような才能を十二分に備えながら、色で言えば真っ白な状態でした。それが自分の指導次第で素晴らしい色にもそうではない色にも染まる可能性があると思うと怖かったですね。20日間の準備期間を経て、ついに指導に入る決意をしたのは、自信が固まったからではなく「彼の才能を伸ばすのだ」という使命感からでした。

コーチが選手を思う気持ちは親が子を思う気持ちと同じ

強化選手の練習メニューは、オリンピックなどの国際大会を目標に、スケジュールを逆算して計画を立てます。いつ頃までに、どのくらいのレベルまで到達していなければならないかを過去のデータからはじき出し、それをクリアするためにメニューを組みます。競泳のオリンピック選考は、大会での一発勝負です。そのためコンディションをピークに持っていくことが必須であり、体力面だけでなく精神的に最も集中できるようにサポートしなければなりません。入江選手についても、06年パシフィック選手権では最年少で代表入り、同年ドーハ・アジア大会優勝、07年世界競泳金メダル獲得…と傍から見れば順風満帆のように思われますが、本人はさまざまな葛藤がありました。思うようなタイムが出ずに、悔し涙を流しながら練習することもありましたし、ある大会ではトップでゴールしながら失格になるという体験も味わい、自己記録と大会で結果を出すことのギャップをクリアすることが大きな課題でもあったのです。そんななか私は、「記録は出ているのだから大丈夫だ」という姿勢を貫きました。選手の不安はコーチがすべて引き受けて、選手には大会で思いっきり力を発揮してもらう、というのが私の目指す理想的関係です。しかし本音を言えば、大会で選手を見守るときは息もできないくらいに緊張します。必死にポーカーフェイスを装ってはいますが心の中はハラハラし通しで、自分が泳いだほうがよっぽど気が楽だと何度思ったことか(笑)。コーチが選手を思う気持ちは、親が子を思うそれに限りなく近いのではないでしょうか。

相手の話に耳を傾け、相手の心に届く言葉で話す

30代のあるとき、こんなことがありました。競技前の選手に元気づけるつもりで「頑張れ!」と声をかけたら、「頑張るのは当たり前です!」という答えが返ってきたんです。ハッとしましたね。自分では励ましのつもりが、選手にはそれが逆に負担だったことに気づかされたのです。コーチに求められる何よりも大切なことは「相手の立場で考えられること」「相手を思いやる心」です。コーチとは言わば「ヒューマンコミュニケーション」のプロフェッショナル。自分の尺度による思い込みを排除し、選手の話に耳を傾け、選手の心に届く言葉を話さなければ効果的な指導はできません。一つの道を究めるなら、同時に視野を広く持たなければならないという考えから、イトマンSSでは水泳の指導に加え、社会的教養を身につける教育を重視しています。行き詰まったときに一歩引いて状況を観察できれば壁を乗り越えることができます。そしてそれは水泳だけでなく、あらゆる分野に共通する力です。水泳を通じて選手が人間的に成長したのを実感できることがこの仕事の一番の醍醐味であり、記録が出たとき以上の喜びを感じますね。
※文中敬称略。所属・役職等は取材当時のものです。

	
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