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パティシエ

パティシエ
辻口 博啓 (つじぐち ひろのぶ)氏

2012年02月東進タイムズ掲載

幾多の逆境を乗り越えて世界の頂点へ! 夢をあきらめなかったからこそ実現できたスーパーパティシエへの道

スイーツで家族の絆を取り戻せ!

 「コ食」という言葉を聞いたことがあるだろうか。たった一人で食事をする「孤食」をはじめ、それぞれ「個食」「固食」「小食」「粉食」「濃食」という字をあてる。これらの言葉は、いずれも現代人の食生活の問題点を列挙したものだ。

 その解決のために昨今注目されているのが「食育」である。「食育」とは、「正しい食習慣の形成」や「農作物などに関する正しい知識の獲得」、そして「地域の優れた食文化の継承」を目的とした教育活動のことだ。食生活の乱れは、心身の健康を揺るがす大問題なのだ。

 その「食育」を、スイーツを通じて実践しようとしている人物がいる。

 "スイーツで人々に笑顔を"をモットーに活躍するパティシエの辻口博啓である。

 「食生活の問題は、家族のあり方の問題です。お菓子作りをきっかけにして、親子の絆づくりへと発展させたいのです」

 食卓は食事をする場であると同時に、家族のコミュニケーションの場でもある。さらには、マナーやしつけなど教育の場でもある。それが近年、大きく崩れつつある。辻口は、そうした現状を憂慮しているのだ。

 そのために辻口は今、多くのプロジェクトに積極的に関わっている。米粉スイーツの開発、小学生パティシエ選手権への参画、子どもから学べるお菓子教室の運営。さらに今春には、故郷である石川県に製菓専門学校を開校する計画もある。

 スイーツのワールドカップ「クープ・ド・モンド」での優勝経験を持つ辻口は、名実ともに世界一のパティシエである。だがそこに至るまでの道のりは、決してスイーツのように甘いものではなかった。

初めて食べたショートケーキが人生を決めた!

 辻口が菓子職人になることを決意したのは小学3年生のとき。友人の誕生日パーティーに招待されたときのことだ。そこで出されたバースディケーキに幼い辻口は衝撃を受ける。

 「こんな美味しいもの、食べたことがない・・・」

 気がつけば、皿に残ったクリームまで一心に舐めつくしていた。友人の母親が呆れるほどだったが、そんなことはかまわなかった。辻口の頭の中には、今食べたケーキのことしかない。そして、一つの思いが辻口の心を捉えた。

 「俺がもっと美味しいケーキを作ってやる!」。パティシエ・辻口博啓誕生の瞬間だった。

 もともと辻口は、石川県の老舗和菓子店の長男として生まれた。「家の中は、餡を炊く香りや饅頭の蒸しあがる音に満ちていました。漠然とですけども、自分が家業を継ぐのだと思っていましたね」

 そんな日々の中で出会ったショートケーキだった。日頃食べ慣れていた和菓子は、素材を練りあげることによって空気を追い出すのが基本。一方の洋菓子は、空気を含ませて独特の食感を出す。和菓子を食べ慣れていた辻口にとって、ケーキのふっくらとした味わいは、まさに未知との遭遇だった。それだけに一層、感動が深かったのだ。

 生来の負けん気も手伝ってか、目標を「ケーキ職人」と定めた辻口の行動は徹底していた。高校卒業後の進路を洋菓子店への修業と早々に決め、学生時代に成すべきことを着実に積み上げていったのだ。日々、ケーキのアイデアや店の設計図、レイアウトなどを考えてはノートに記す。厳しい修業の日々を乗り切るためには、どんな覚悟が必要なのかを思考する。

 名付けて「逆算作戦」。つまり目標までの道のりを具体的にイメージし、そのためには「今、何をしなければならないのか?」をとことん突き詰めるようになったのである。

前途多難な船出それでも夢を追いたい!

 そして高校卒業後、辻口は念願の修業に出る。だがそれは必ずしも順風満帆な船出とはいえなかった。当時、実家の和菓子店の経営が悪化。両親から、すぐにでも家業を継いでほしいと告げられていたのだ。辻口は決断を迫られた。導き出した答えは、どうしてもケーキ職人の道に進みたいというものだった。

 「3年待ってほしい。必ず一人前になって帰ってくるから」。辻口は両親をそう説得して、東京の洋菓子店へ就職する。

 そのわずか3カ月後に実家が倒産するという事態に陥ったが、辻口はパティシエへの夢をあきらめなかった。

 しかし、一人前のパティシエへの道のりは遠い。新米の仕事は、トイレ掃除から床磨きといった雑用ばかり。ケーキ作りを任されるまでになるには、何年もかかるのが実情だ。3年という期限を設けている辻口には、そんな余裕はない。

 「それだけに、同じ時間でも他人の3倍の仕事をしなければならないと思っていましたね」

 例えば、先輩に1時間で終えるように指示された仕事は、20分で仕上げられるように工夫する。そうすれば、残った時間で別の作業に取り組むことができる。

 また、辻口は「復習の鬼」でもあった。閉店後の厨房に残り、その日に覚えたことを繰り返し実践したのだ。

 「誰かが手取り足取り教えてくれるわけではありません。テクニックは自分の目で盗むしかないのです」

 朝6時から夜12時までは「人の3倍」働き、そのうえにさらに努力を積み重ねる。すべては「世界一のパティシエになる」という目標のためだった。

やるからには全力で! ヒントはゴミ箱の中にだって隠れている

 やるからには「全力でぶつかる」。これが辻口のモットーだ。コンクールに出るときは、優勝以外は考えない。全力でぶつからないと、人間はすぐに言い訳をしてしまう。真剣にやらなかったからだ、と。

 「出場するからには、ナンバーワンにこだわらないといけない。オンリーワンでいいなんて、頂点に立てなかったときの言い訳です」

 コンクール出場を決意した日から、辻口はさらに「復習の鬼」と化す。閉店後の特訓に力を入れ、それだけでなく、フランス料理店や有名な洋菓子店にも足繁く通うようにした。自分の舌に、一流店の味を染み込ませるためだ。また、買い漁ったケーキは片端から分析していった。

 さらに、舌で研究するだけでなく、素材まで調べるために店のゴミ箱まで観察する。どこのメーカーの小麦粉を使用しているのか。お酒の種類は何か。さらには玉子の産地はどこかといった細かな点まで、辻口は隅々まで調べた。「調べた玉子を取り寄せて作ってみたら、驚くほど味に変化がありました。素材が違うと、こんなにも味が変わることを学びました」

コンクールでの惨敗から学んだ二つのこと

 そして全力で臨んだ初めてのコンクール。結果は惨敗だった。そもそもコンクールの参加者は、自分より年長のベテランパティシエたちばかりである。パティシエ一年生の辻口が戦いを挑むには、あまりに無謀といえた。

 全力でぶつかっただけに、悔しさもひとしおであった。だがそこでしょげ返るような辻口ではない。自分なりに研究し、敗因が「ケーキ以外の部分」にあるのではないかと考えた。つまり「芸術性」だ。

 そこで辻口は、絵画や彫刻、華道や書道などのさまざまな芸術を鑑賞し始める。エアブラシの技法や粘土細工のテクニックは、スイーツ作りに大いに役に立った。あるいは、作家の生い立ちや、作品に至るまでの道のりにも興味を持った。レオナルド・ダ・ヴィンチにピカソ、シャガールやゴーギャン。日本画にも惹かれた。同郷である長谷川等伯は、とりわけ辻口の好きな画家の一人だ。

 だが、万全の態勢で臨んだはずの二度目の挑戦もあえなく敗退。ところが、入賞者の作品を何度も見返していくうちに辻口はあることに気づく。

 「入賞するには、審査員の着眼点や評価のポイントを理解することが重要だったのです」。これまでの自分の作品は自己満足に終始していた。それでは審査員どころか、誰も自分のケーキを買ってくれない。

 はたして審査員たちはどんな点を評価しているのか。辻口は優勝作品をにらみながら、とことんまで追究した。例えば、同じ色を使っていても優勝者と自分の作品とでは発色の度合いが違う。では、人を魅了する色使いにするためには、どんな素材を組み合わせればよいのか。じっと目を凝らすことで、辻口は新たな発見を見出し、次々と自分の中に取り込んでいった。

衝撃の渡仏体験を経て出会った使命 「菓子道」を究めろ!

 そして三度目の挑戦。辻口はついに、優勝を果たす。弱冠23歳。史上最年少での受賞だった。副賞は一週間のフランス旅行。しかし、スイーツの本場で目にしたものは、何もかもが日本の技術を凌駕していた。

 「フランスのレベルはやはり違う・・・」

 フランスにおけるスイーツとは、食品ではなくアートの域に達していたのだ。「世界の壁」をまざまざと実感して、辻口は帰国することとなる。そんな辻口を叱咤激励してくれたのは、故郷の高校時代の恩師だった。開口一番「外国にかぶれているんじゃない」と一喝された。そのうえで恩師は、辻口に驚くべきことを告げる。「私に"菓子道"を作れと仰ったのです」

 茶道や華道があるように、お菓子にも「道」を作れ。それがお前の仕事だ。恩師の言葉は、フランスとの実力差に意気消沈していた辻口の眼を開かせるものだった。

 自分には日本文化の中で培った良さがある。ピカソやゴーギャンの素晴らしい作品の背景には、彼らの育った国や地域、文化などのルーツやその生い立ちが深く関わっている。それは芸術を独学する過程で、辻口が気づいたことでもあった。それなら自分は、和をもって世界を制す。故郷や日本への強い思いが、辻口の原動力となった。

 そして、自分が切り拓いた道を伝えるためにも、辻口は後進の育成に力を注いでいる。製菓教室の運営や「日本中、いや世界中の誰でもやる気のある人には学ぶ機会を提供したい」と、インターネットを使った通信教育講座を開講、今春には故郷・石川に製菓専門学校を開校させる予定だ。

 「モノづくりの前に、ヒトづくりが必要なのです。そう考えて、レシピの公開もしています。自分自身が生きた証しにもなりますしね」

 さらには、小学生を対象にスイーツの絵のコンクールを開催し、優秀者にはフランス・ルーブル美術館へ招待するプロジェクトも実施している。「僕が小学3年生のときにショートケーキに出会って夢を抱いたように、若いうちに本物に出会うことで将来の可能性は無限に広がると思うんです」。世界一の栄冠に輝いてなお、辻口はさらなる高みへと挑戦し続けている。

(文中敬称略)

※文中敬称略。所属・役職等は取材当時のものです。

	
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