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ホテル
上智大学 理工学部
帝国ホテル 東京 営業部長
松本 利一 (まつもと りいち)氏

2010年02月東進タイムズ掲載

逆境だと思うときが最高に飛躍できるチャンス

バスタオル2枚から始まった夢

 チャールズ・チャップリンやマリリン・モンローも利用したという、最高級のサービスを誇る帝国ホテル。松本利一はその営業部門を率いるホテルパーソンだ。しかし、高校時代に憧れていたのは意外な職種だった。

 「当時、パイロットの日常を描くドラマが大人気で、自分も世界の空を羽ばたいてみたいなと思っていました」

 野球部の活動に情熱を注ぎつつも、航空大学校の受験に必要な英語・数学・物理に懸命に取り組んだ。一次試験の筆記テストは問題なく合格。だが、二次試験の身体検査で引っ掛かった。

 「鼻の機能に異常あり」

 ショックだった。普通の生活では全く問題ないのだが、気圧の変化に対応するのに問題があるだろうと判断された。

 夢を絶たれた挫折感がなかったといえば嘘になるが、18歳の松本は挫折を引きずるのではなく、未来に向かって前進する道を選んだ。それまで培った学力をベースに受験勉強に追い込みをかけ、見事、上智大学理工学部へ合格を果たした。

 上智大学の個性を尊重する校風は、松本に合っていた。大好きな野球と学問のバランスをうまくとりながら大学生活を謳歌する日々。そして、人生を決定づける運命の出来事が起こった。

 忘れもしない、大学2年の夏のことである。箱根の由緒あるリゾートホテルでアルバイトをした。仕事は客室の掃除係、お客様と顔を合わせることは少ない。しかし季節は折りしもトップシーズン、猫の手も借りたいほどであった。そこでアルバイトの松本も宿泊客の部屋へ「バスタオルを持っていくように」と指示された。

 オーダーしたのは、常連客である年配の女性だった。サービスに対する目は人一倍肥えている。

 松本はふと〝あれば便利だろう.という何気ない気持ちで、バスタオルを2枚持って部屋をノックした。

 届け物を手渡すと、女性客は言った。

 「あら? わぁ嬉しい!2枚欲しいだなんて伝えなかったのに、あなたの気遣いが本当に嬉しいわ」

 自分のふとした行動で、こんなに人が喜んでくれたのは生まれて初めてのことだった。体に電流が走ったような感激を覚えた。

 「ちょっとした心遣いで誰かを喜ばせることができる、ホテルの仕事って素敵だなって思ったんです」

 派手な出来事だけが夢に導いてくれるのではない。一見何でもない日常に潜む宝石を見つけられるかどうかが、豊かな人生を送る鍵になるのである。

多くを学んだ新人時代

 就職活動では5、6社受験したが、すべてホテルだった。理工学部出身の松本は「なぜ理系からホテルなのだ」と苦戦を強いられる。が、最後まで絶対にあきらめないぞという気迫が通じたのか、幸運にも帝国ホテルの内定をもらうことができた。

 「想いが叶ったのですから、跳び上がるほど嬉しかったですね」

 念願のホテルで仕事ができる。給料さえいらないと思った。

 当時、帝国ホテルでは2年間の研修期間を経てから正式配属される流れになっていた。研修ではベルスタッフ、ホテル内のレストラン、宴会や婚礼、経営や施設管理などひと通りの仕事を体験する。もちろんすべて見習いとして仕事に携わるので、肉体的にも精神的にもハードだった。

 「特に強烈だったのはコック見習いでした」

 ホテルの厨房、そこはまさに戦場である。ついさっきまで炎を上げていた鍋が、松本の立つ流しへ容赦なく投げ込まれる。

 「ひたすら鍋や皿を洗う毎日です。熱い鍋は、ちょっとでも油断すれば火傷をしかねない。だからといって、もたもたしようものならすぐに怒号が飛んできますから」

 若い松本の手は、あっという間にひび割れた。しかしどんなに「つらい」と感じても、「辞めよう」とは決して思わなかった。むしろ、いろいろな部署で仕事をすることで、ホテルの全体像が見えていくのをおもしろいとさえ感じた。

 研修を終え、正式配属されたのはセールス部客室予約課(当時)だった。電話とファックスの予約を受けながら、手書きで予約カードを作成する。まだパソコンが普及する前の話。

 「中華料理屋にあるような、8人掛けの円卓テーブルを囲んで作業をしていました。テーブルの中央が回転するようになっていて、そこに日付ごと、名前順に予約カードが差し込んであるのです」

 何百件もの予約確認の電話を前日に必ず入れる徹底ぶりには、「そこまでするのか」と舌を巻いた。しかし、すべてお客様の満足度を高めるため。松本はひたすら受話器を握り続けた。

 営業のおもしろさを知ったのも、新人時代だった。人の流れを読み、的確な商品を提供することで一人でも多くのお客様に最高のサービスを楽しんでもらう。経営の数字的側面に直接関わっていく仕事内容にも大きなやりがいを感じた。採算的に厳しい中、得意先企業から「朝の会議用にパンとコーヒーを」と要望があれば、自ら届けてセッティングしたこともある

ホテルパーソンとしての原点で得た学び

 ホテルパーソンとしての松本の経歴は華やかだ。

 仕事のフィールドは国内に留まらず、ドイツやロンドンにまでわたる。それにもかかわらず、これまで一番印象に残っているのは、40代半ばに携わった、帝国ホテルが運営受託する比較的小さな規模のホテルでの仕事だった。国内外の賓客も多数利用する国際的な帝国ホテルに対し、新たに勤務を命じられたのは地域密着型のコミュニティホテルである。帝国ホテルでの仕事からそのホテルへの出向を命じられたときのことを、松本はこう振り返る。

 「確かに最初は頭の中が真っ白になりました。なぜなんだ? と。しかし、結果的にはここでの仕事が自分をホテルパーソンとして大きく飛躍させてくれたのだと思います」

 帝国ホテル勤務時代は、どこの企業に営業で訪れても「帝国ホテルさんですね」と、細かな説明をしなくともホテルについて認識されているのが当たり前。「わざわざ足をお運びいただいて」と感謝されることさえあった。

 一方、地域密着型であるそのホテルは建設されて間もないこともあり、ほとんど知る人がいない。

 「一体どこにあるホテルで、どんなサービスがあるんだ。資料だけ置いていけばいいから」と、けんもほろろにあしらわれ、話すらまともに聞いてもらえないことも少なくなかった。松本は、かつてないカルチャーショックに頭を抱えた。そして現状を打破するために考え抜いた末、ある結論に至った。

 「今までとは違う発想が必要なのだ」

 松本は「営業」という仕事の枠を越えて、商品開発から販促、運営、スタッフの指導に至るさまざまな業務に自ら深く関わった。これは、部署ごとの役割分担が明確な帝国ホテルではあり得ないことである。

 さらに、社員からパートのスタッフまで全員に“自分がお客様だったらどうしてもらいたいか”考えることを徹底させて取り組んだ結果、出向期間が終了するころには地域から信頼されるリピーターの多いホテルに成長していた。

 「必要だったのはホテル都合の杓子定規なマニュアルではなく、結局は“自分がお客様だったらどうしてもらいか”という一点でした」

 奇しくもそれは、「バスタオル2枚」という松本自身のホテルパーソンの原点に立ち返ることでもあった。

 現在、松本は帝国ホテル営業部門の責任者としての重責を担いながら忙しくも充実した毎日を送っている。

 30年前、ホテルパーソンとしてスタートして以来、時代は目まぐるしく変化し、ホテルのあり方も単なる宿泊施設から「人と人との出会いや交流」を演出する多機能型の空間へと変化した。

 業務のデジタル化が進み、かつて人間がやっていた仕事の多くは機械がやってくれる。そんな中、松本はこんな言葉を口にした。

 「どんな時代でも人間にしかやれないことがある。人の心を豊かにするホテルパーソンほど可能性に満ちた職業はないと思っています」

 いつも穏やかな松本の表情が、厳しく引き締まった。

※文中敬称略。所属・役職等は取材当時のものです。
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