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マンガビジネスプロデューサー
早稲田大学 商学部
株式会社トレンド・プロ 事業開発部 R&D担当ディレクター
岡田 光太郎 (おかだ こうたろう)氏

2010年05月東進タイムズ掲載

無駄な経験などない、自分自身を生きる マンガというメディアの可能性を追求したい

難解な情報をわかりやすく 情報伝達メディアとして活用される漫画

 今や日本が世界に誇る文化に成長した「漫画」。その可能性を更に広告ビジネスの分野にまで広げたのが、漫画に関わるあらゆる制作物の企画・制作・編集・出版を手がける株式会社トレンド・プロだ。創業から20年以上を経た現在では取引社数も900社を数え、企業だけでなく環境省から依頼されて洞爺湖サミット(第34回主要国首脳会議)で配布されたパンフレットを制作したほか、著名漫画家を起用した制作物も多数生み出している。ひと昔前であれば、子どもが読むものというイメージが強かった漫画。それを企業が率先して活用するようになったのは、どのような理由があるのだろうか。

 「漫画の良いところは、難しい情報をわかりやすく表現できること。さらに漫画にはストーリーがありますから、読者の感情を揺さぶることができ、内容をより深く印象づけることができます」

 そう語るのは、同社の事業開発部を率いる岡田光太郎だ。漫画が文化として成熟している日本では、若者に限らず、企業の管理職でさえ漫画に慣れ親しんで育った世代が多い。情報伝達メディアとしての有効性を受け入れる土壌はできあがっている。漫画は、もはや企業と顧客の「橋渡し」を担ってくれる重要なツールと見なされているのだ。

 過去にベンチャー企業の立ち上げに携わった経験を持つ岡田が任されているのは、主に新規事業の開拓である。顧客への企画提案から制作段階での管理業務まで、すべてをこなす。成約が難しいとされる有名漫画家との仕事を何件も手掛ける活躍ぶりだが、もちろん何もかもが順風満帆だったわけではない。むしろ岡田の半生は、挫折と戸惑いの連続であり、それを乗り越えるために不断の努力の積み重ねがあった。

母の病気 県内トップ校で味わった挫折

 初めての転機は中学生のとき。母親が、ガンと診断された。何事にも動じない警察官だった父親も、このときばかりはショックを隠しきれなかった。あんなに大きかったはずの背中が、驚くほど小さく見えた。そんな父を見て、14歳の岡田は決心する。

 「自分が、家族に元気を与えてあげなきゃいけない」

 その使命を実現するために岡田が選んだのは「勉強」だった。頑張って勉強してトップの高校に行けば、家族に笑顔が戻るかもしれない。そうして猛勉強の末、晴れて毎年東大合格者を多数輩出する金沢泉丘高校に入学した。時を同じくして、病を克服した母親が岡田家に帰ってきた。願い通り、家族に笑顔が戻ったのだ。しかし、またも岡田は大きな壁に突き当たる。やっとの思いで入学した高校のクラスメイトは、県内でも選りすぐりの秀才ばかり。宿題も毎日膨大な量をこなさなくてはならない。岡田はそんな厳しい環境の中で、瞬く間に落ちこぼれていった。

 だがそんな岡田を気にかけてくれる英語教師がいた。

 「岡田くんなら、本気で頑張れば東大にだって行けるよ。今の状況を変えたかったら、毎朝私の所に来なさい」

 赤点常習者のオレが?一瞬耳を疑った。しかし、落ちこぼれて自信を失っていた自分に、その言葉はありがたかった。別のクラスの担任にもかかわらず親身になってくれるその教師の姿に胸を打たれ、辞書を片手に毎日通った。「東大合格」という新たな目標が、岡田をまた勉強へと振り向かせた。

 しかし、それでも思うように成績は伸びない。参考書を買い込んでいろいろな勉強法も試してみた。そうした試行錯誤の末に岡田がたどり着いたのは「テストの復習をしっかり行う」という、実にシンプルで基本的な方法である。返ってきた答案をコピーして、ノートにのりづけする。反対側のページには間違えた箇所や、自信を持って解答できなかった問題を書き写す。

 「でき上がったノートは、自分だけの最高の参考書になりました。それが何冊にもなっていったんです」問題集は一度解いた問題を何度も繰り返して解く。トイレに行くときも、寝るときも肌身離さず、暗記するまで読み込んだ。

自分の適性とは? 就職活動中に出会った弘兼憲史氏の言葉

 惜しくも東大合格は逃したものの、岡田は早稲田大学商学部に入学する。空手を習い、サークル活動に精を出し、勉学にも励み、やがて就職活動の時期を迎える。企業でのインターンも経験し、漠然と金融や商社といった人気業界で働くことを夢見るが、「自分の適性とはなにか?」という問いに答えを見出せないでいた。

 「そんなときに出会ったのが、漫画家・弘兼憲史先生の言葉でした」

 奇しくもそれは、岡田が就職することとなる東京海上日動火災保険株式会社(以下 東京海上)の企業広告だった。そこで目にした「君を生きよ」というメッセージ。

 「自分の意と反するような道を、今無理に決める必要はない。たとえ働き始めてからでも、君が本当に行きたいと思う道が見つかれば、新たにそこを目指せばいいじゃないか。『君自身』を生きたらいい」

 早稲田大学出身で大企業勤務の経験もありながら、『課長島耕作』というヒットを生み出し、現在も人気漫画家として自分の道を歩いている弘兼のメッセージが、岡田の心を激しく揺さぶった。

 「小手先のテクニックで面接をクリアしようと躍起になっていた自分の目の前が、ぱっとクリアになった気がしましたね」

 晴れて入社した東京海上では、静岡支店に配属となった。営業成績で賞を取る傍ら、寮に帰ると資格試験の勉強にも取り組んだ。高校入学後の苦い思い出が原動力だった。

 「筋肉と同じで、脳も使い続けなければ衰えてしまうと思ったんです」

 志望校合格後、ほっと気を抜いて勉強をやめてしまってからもう一度エンジンがかかるまでの、あの苦労はもう味わいたくない。そんな思いから岡田は、大学入学後も、そして社会人になってからも勉強を欠かさないように心掛けていた。いつか起業したいという夢もあった。

 そんな岡田にまたも転機が訪れる。大学時代の先輩からベンチャー企業を立ち上げないかと誘いを受けたのだ。しかし、入社して間もない大企業を去るのは躊躇した。資格を取ってからという選択肢もあった。だが、「資格の勉強は、起業のための準備だ。でも準備ばかりしているのではなく、実践が大事だ。まだ20代だからやり直しがきくはず。今やろう」と思いなおし、周りの反対を押し切って退職した。

大物漫画家の起用 『スーパードクターK』を広告に

 ベンチャー企業を立ち上げたのはいいが、若いメンバーでは全くうまくいかずにすぐ解散し、営業先であったトレンド・プロに転職することになる。

 入社1年目は企画書を書いてはボツになる日々だったが、徐々に大きい案件を任されるようになった。

 「最も印象に残っているのは、『スーパードクターK』で知られる真船一雄先生との仕事です」

 同作は、1980年代に『週刊少年マガジン』に連載された人気漫画。依頼主はロシア系のコンピュータセキュリティ企業で、主人公の「K」を登場させた広告マンガを制作したいという要望だった。やりがいはあるが、越えるべきハードルは高い。人気作家となると、スケジュールを押さえるだけでも困難である。また、キャラクターの権利を所有する出版社との入念な交渉も必要となる。

 まずは編集部に連絡を取り、真船の担当編集者に企画書を見せた。編集者のOKが出なければ、真船まで話を進めてもらえない。多少の自信はあったが、どんな企画であっても「絶対通る」という確証は無い。

 「これだったら、できるかもしれない」

 編集者の言葉に安堵すると同時に、岡田は直感した。「この案件は必ず成功する」

 こうして、『スーパードクターK』が登場する広告マンガが完成した。依頼主である会社の社長を漫画の中に登場させ凄腕のドクター「K」と一緒にサイバーテロの脅威に立ち向かうというSFストーリー。このユニークな試みはネットでも話題になり、通常の8倍もの広告効果を生み出した。

失敗を強みに未来を見据えながら 目の前のベストを尽くす

 もちろん成功ばかりではなく、失敗も重ねてきた。

入社1年目のこと。岡田は敬愛する弘兼氏に直筆の手紙で執筆を依頼し、ヒロカネプロダクションとの案件にこぎつけた。しかし、同じように手紙を送った別の作家からは、けんもほろろに断られてしまう。おまけに、「もう電話も掛けてこないでくれ!」と徹底的失敗を強みに未来を見据えながら 目の前のベストを尽くすに拒否されてしまった。

 「思えば、自分本位の仕事の依頼の仕方でした」

 岡田は振り返る。著名な漫画家ほど、自分の大事にしたい世界観を持っている。それを無視して「これだけ報酬をもらえますよ」と条件のみを提示しても、絶対に首を縦に振ってはもらえない。だが、入社間もない岡田には「自分の気持ちを伝えさえすれば、相手も動くはず」という思い込みがあった。以来、依頼主と漫画家の双方が気持ちよく仕事のできる環境づくりに心を砕くようになった。現在では、漫画家のスケジュールや状況を見ながら、臨機応変な提案ができる。強固な信頼関係を培ってきたという自負がある。

 これからの岡田の目標は「実務につながる漫画を作る」ことだ。

 「おもしろかった、感動したというのももちろん漫画の楽しみ方のひとつ。それに加えて、例えば、経済学や経営学などの専門知識を学ぶきっかけになるような漫画を生み出したいです。もちろん、文章で伝えるべきところは文章のほうがいい。それぞれの特質を生かした役割分担の中で、漫画というメディアの新しい可能性を探っていきたいと思います」

 そう語る岡田の姿は、図らずも企業と顧客とを橋渡しする漫画の役割とオーバーラップする。漫画の新たな可能性を求めてチャレンジし続ける岡田は自らの現在と今後についてこう語る。

 「私は金融業界、IT業界、マンガ広告業界と畑違いの道を歩いてきました。しかし、回り道したとは思っていなくて、多面的に物事が見られるという『強み』だと捉えています。この強みを生かしながら、勉強はずっと続けていこうと思っています。長期的な目標やプランを持ち、そのために努力しながらも、今目の前にあることに全力を尽くすという二軸で考えることが大事だと思っています」

※文中敬称略。所属・役職等は取材当時のものです。
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