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百貨店業界
中央大学 法学部
株式会社髙島屋 日本橋店メンズカジュアル、メンズキャラクター、紳士セーター売場 セールスマネジャー 課長
徳永 裕久 (とくなが ひろひさ)氏

2015年11月東進タイムズ掲載

老舗百貨店の伝統を受け継ぎながらお客様に愛される売場をマネジメントしていく

50名のスタッフをまとめ上げるセールスマネジャーの仕事とは?創業180年以上の歴史を誇る髙島屋は、国内外に22店舗を展開する日本有数の老舗百貨店である。その中でも東京駅のほど近くに建つ日本橋店は、クラシックな外観や内装が目を引く建築物として名高い。百貨店建築として、初めて重要文化財に指定された歴史ある店舗だ。金融街とオフィス街を地盤とし、最上級の品揃えとサービスを提供する百貨店である。「日本橋店は、髙島屋全体を象徴するフラッグシップ店です。業界全体が注目していますから、売場を担当する責任の重みを日々感じています」髙島屋日本橋店紳士服売場でセールスマネジャーを務める徳永裕久は、そう語る。徳永の責務は、紳士服売場の商品の売上に対して責任を持つことだ。「紳士服売場は現在、3名のセールスマネジャーと2 名のショップマネジャーで管轄しています。その中で私が担当しているのは16のブランドの商品です。各ブランドにはお取引先様の販売スタッフが50名ほどいます。彼らが働きやすい環境を整えて、売りたいという気持ちをいかに上手に引き出していくか。ひいてはどのお店も、お客様にお買い物を楽しんでいただける売場を作ること。それが売場でのマネジメントです」徳永のもとには日々、各ブランドの売上状況が細かく集約される。それらを参考にしながらブランドごとに戦略を練り、どの商品が売れているのか、売るべき商品は足りているのかなどを確認していく。売場でスタッフが私語雑談をしていたら、注意をすることもある。ただし、頭ごなしに指示や命令を出すわけではない。販売スタッフとはあくまで「対等な関係」であると徳永はいう。売上が振るわないときはディスプレイを変えたりすることもあるが、それも販売スタッフと取引先の営業担当者を交えて、じっくりと話し合ったうえで決める。営業担当者とは半年ごとに会議を設けて、一カ月単位で戦略を立てている。徳永と取引先、そして販売スタッフとが一体となって売上目標の達成を目指すのが、髙島屋のスタイルだ。「マネジメントするといっても、協業の意識は常に持っていないといけません。一つの職場の中で、これだけ多くの異なる会社の人たちと仕事をするという環境は、ちょっと珍しいかもしれませんね」自分の意思を持て! 先輩から学んだ入社一年目の教訓興味を持っていた徳永だが、就活で志望したのはアパレル業界ではなく百貨店だった。とりわけ髙島屋に惹かれたのは、その売上規模が抜きんでていたからだ。当時、髙島屋は年間売上が1兆円を超える唯一の百貨店であり、小売業の中では他を圧倒していた。「売上の大きいところで働くほうが、社会への影響力が強いのではないか」。徳永は、そう直感した。大好きな服飾に関われなくなる可能性もあったが、それはたいして気にならなかった。それよりも「消費者に近いところで、人と関わる仕事がしたい」という思いのほうが強くなっていたからだ。こうして2005年。徳永は晴れて髙島屋へ入社する。配属先は、現在と同じ日本橋店。担当も紳士服だ。「半年ほどの研修を経て任されたのは、催し担当という役割でした。百貨店には催し会場というフロアがあります。そこで開催する催事の計画立案、運営を行い、与えられた売上責任も負います。お取引先様との交渉から会場の設計、スタッフの管理など、小規模ながらも売場の仕事を総合的に学べ、且つ、大きな売上の責任まで任せてもらえる。経験の浅いうちからこうした仕事を任せてもらえるのは髙島屋の社風だと思います」それはつまり「ゼロ」から売場を作っていくということである。商品のセレクトから取引先への手配、広告にはどの商品を載せるのか、商品一点一点をどこに配置するのか。もちろん、売上目標も達成しなければならない。やらなければならないことは、山のようにある。「困ったことはたくさんありました」と苦笑いを浮かべる徳永だが、ある先輩からもらったアドバイスが今もなお心に残っているという。「それは『自分の意思を持て』ということでした。恒例の催しですから、お取引先様もそれほど変化しません。そうなると単純な前年踏襲でも、売場はなんとなく出来あがってしまいます。でもそれではダメなんです。どうやってそこに自分の意思や色を出して、売上につなげていくのか。そうしたロジックを組み立てることが一番大事なんだということを、その先輩からは何度も言われました」〝異例〞の試みで大成功! 顧客分析から新たなデザインスーツを提案こうして徳永の「意志を持った」売場づくりへのチャレンジが始まる。催し会場では通常取り扱わない「ブランドもの」を、あえて投入したこともある。催し会場で売る商品としては割高だが、ブランド店で購入するよりはお得感がある。そう考えたからだ。このときはブランド側の理解を得るために粘り強く交渉を続け、開催にこぎつけた。そのなかで、とりわけ印象深かったのは2007年に担当した催しだ。「当時はちょうど、若い人たちの間で細身のスーツが流行り始めたときでした。けれども催し会場には、そのような商品がなかったんです。そこで私のほうからお取引先様に提案して、若い人たちが買いやすいような価格で、細身のスーツを作ってほしいとお願いしてみたのです」徳永には勝算があった。顧客層を分析してみると、催し会場でお買い物されるお客様は、お店の主要顧客年代層よりもずっと若いという実態が明らかになっていたからだ。しかし、売場から商品を発注することは、実は「異例」のことだった。髙島屋の場合、商品管理はMD本部という部署が専門に行っている。本来は、売場の仕事ではないのだ。しかし徳永が発注したそのスーツは、用意したラックがすかすかになるほどよく売れた。取引先にも好評で、以降は定番商品として催し会場に並べられるようになる。「そのときは本当に嬉しかったですね。上手くいった一番の要因は、人間関係でした。入社して3年足らずの私の力ではなく、先輩たちがしっかりとお取引先様と信頼関係を築いていたからこそできたことです」「人と関わる仕事をしたい」という思いを抱いて百貨店に入社した徳永が、改めてコミュニケーションの大切さを噛みしめた出来事だった。厳しい上司からの薫陶を胸に歴史ある日本橋店で実績を残す!そして現在、徳永は多くのスタッフをまとめあげる責任を担っている。そこで必要とされるのもコミュニケーション力だ。その重要さを徳永に教えてくれたのは、新入社員の頃の上司だ。とても厳しい人物だったが、徳永は「社会人としての気構えを叩き込んでくれた」と、今でも感謝している。そんな上司が何度も口にしていたことがある。「それは、売場のスタッフの方々が一生懸命に商品を販売してくれているからこそ、髙島屋は成り立っているということです。ですからスタッフと接するときは、彼らの人となりや考え方、感情を知ったうえでコミュニケーションを取らなくてはいけません。今はその大切さを部下に伝えていかなければと思っています」だからこそ徳永も、ときにはスタッフに厳しく接することもある。しかし、あとには引きずらない。加えて「相手の話をよく聞く」「相手によって伝え方を変える」ことも心がけている。これもかつての上司から受け継いだDNAだ。大勢のスタッフと円滑なコミュニケーションを図りつつ、歴史ある日本橋店で実績を残す。それは大きなプレッシャーではあるが、もちろん大きなやりがいでもある。ではプレッシャーをはねのけるには、どうしたらよいのだろうか。「自分は常に発展途上だと考えてみてはどうでしょう。社会に出ると、求められていることにうまく応えられないという経験をします。それをいちいち気にしていたら精神的にもきつくなります。失敗のたびに、これでまた自分が成長できると考える。そうすれば気が楽になると思いますよ」そんな徳永にこれからの「夢」を聞いてみると、ここでも「自分の色」という言葉が出てきた。「現在の職責では、やりたくてもできないことがまだまだあります。ですから少しでも上のポジションに行って、自分のできることの範囲を広げていきたいですね。そうして髙島屋という百貨店に対して、自分の色を出していけたらいいなと思っています。ヒット商品を仕掛けるとか、かたちはどうであれ、自分の足跡を残していきたいです」「販売」という百貨店の最前線に立つ若きマネジャーは、そう言って口元を引き締めた。

※文中敬称略。所属・役職等は取材当時のものです。

	
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